シングルマザーにとって、仕事さえうまくいけばよいというものではないのは、当然です。
特に私には、助けてくれる親はいませんでした。
全く助けてもらわなかった、と言っているのではありません。
スポットで頼んだ時に、助けてもらったりはありましたが、
頼って生活設計を組むことはできませんでした。
それでも、婚約者とともに東京に来ることについて躊躇はありました。
引っ越すと決めてからも、引っ越してからも、不安でした。
一人ならば、世界のどこに行っても、比較的平気です。
でも、子供がいると、いろいろな条件を考えて良いと思うことを選択しても、不安はつきまといます。
通勤時間のかかる職場に就職したことを直接的な原因として、
私の東京での暮らしは、結構厳しいものになっていきました。
5時台に起きて、
6時台、7時直前のバスにのり
9時少し前に都心のオフィスにつき、
17時まで働きます。
帰りは2時間以上かかることを覚悟し、
途中駅のデパ地下で総菜やお弁当を買って帰ることが多くなっていました。
帰宅するのは、午後7時から7時半。
子供たちには、出勤時間までに、おやつと、夕食を用意していきます。
夕食には、前の夕方に購入したデパ地下の総菜1-2品が混じることもありました。
おやつには、スナック菓子は食べさせず、どらやきやパウンドケーキなどを用意していました。
場合によっては小さなおにぎりやサンドイッチである場合もありました。
そのサンドイッチも、私が作ったものだけでなく、前日に購入したものである場合もありました。
お腹がすいたら夕食を食べていてもよいルールでしたが、
子供たちは私が遅くならない限り、待っていることが多かったと記憶しています。
その日のうちに食べてください、と書かれている総菜ですが、冷蔵庫に一日おいても、うちの家族はお腹をこわすことはなく、それは幸いでした。
平日は、ルーチンとして普通のスーパーに行くことができず、それが、地方で子育てしていた時との一つの大きな違いだったと思います。
今では、最寄り駅の駅前に庶民派のスーパーと高級スーパーの二つがあります。
でも、当時は、通勤ルートに庶民派スーパーが無く、いくつかの飲食店があっただけでした。
平日の買い物は、隣の駅のデパートの地下か、または、遅くまで営業している高級スーパーでしていました。
お金はかかるし、高級総菜もおいしいのは最初だけです。
お店の手作りの総菜には添加物にも注意が払われているものが多くありましたが、
どうしても、飽きてしまいます。
贅沢品だという意識があるから、罪悪感も募ります。
できる限り、簡単なものでも自分で料理するようにしていましたが、
週の後半になると疲れてしまって、つい、総菜を買って帰り、
その日に食べてしまったり、次の日の夕食にしたり。
家計管理面でも、なんとなく母としての行動面でも、
自分を責める気持ちがいつもありました。
平日にスーパーに行けないことの問題点は、夕食問題だけではありませんでした。
地方で子育てしていた時、仕事が終わって、子供たちを車にのせてスーパーにいきます。
安い食材、安い総菜を買い、
それでも18時すぎには帰宅して、
簡単に汁物を用意したりして、夕食となります。
時にはスーパーで、子供たちの保育園で必要なものを買ったり、
安売りの洋服を見つけて買ったり。
東京暮らしに比べて、使う金額はかなり少なかったですし、
高くて買えないものもたくさんありましたが、
買い物により時間をかけることで、ストレスがなかったどころか、
一つのストレス解消になっていたと、
東京暮らしの時間が経過するとともに気づいていきます。
学校で何かが必要だと、週の半ばで急に言われると、小さくパニックになりました。
車を持っていたので、夜間営業しているスーパーに行くことはできましたが、
それでも夜9時までの営業だったため、夕食後に言われるとパニックです。
小学校低学年の子供に怒ってしまうこともありました。
「もっと早く言って」と。
夜間営業のスーパー一か所では手に入れられないことがあり、
少し遠くのドンキにいかなくてはならないことも、何度かありました。
結局手に入れられず、私が教師に手紙を書き、子供にも辛い思いをさせたこともあったと思います。
また、翌朝5時台に起床しなくてはならない私は、遅くとも10時には就寝準備に入れないと、翌日辛かったということもありました。
地方暮らしでは感じなかった子供との生活の苦労・疲労感の蓄積みたいなものが、
いろいろと発生していました。
一つ、子供がいてフルタイムで働くとは言っても、
職場の場所、住居エリアの生活環境で、
その大変さは雲泥の差だと思います。
週末は、婚約者と二人で、家事三昧でした。
洗濯は基本的に週末のみ。毎週、結構な量でした。
土曜も、日曜も午前中はずっと洗濯機をまわしていました。
掃除をして、買い物を一週間分します。
いくつか、週中に食べられる作り置き料理を作ります。
お天気がよいと、まだ気分はよかったです。
でも、週末に雨が降ると、洗濯物が処理できなくて、しっとりした洗濯物の山を前に途方にくれました。
職場と自宅が2時間平均の移動距離については、
別の角度で、私にとっての相当のつらさがありました。
通勤に時間がかかって身体が疲れる、とか、そういうことではなく、
子供との距離がある、
という現実が、私には途方もなく辛かったのです。
この感覚は、働くお母さんに共通しているのでしょうか?
わかりません。誰か、教えてください。
実家のある地方で働いていた時は、
職場と自宅、職場と保育園が、ベストな時は徒歩圏、
それでなくても、車で15分程度、
最悪でも、車で1時間以内の距離でした。
その、車で1時間の距離がある時も、
心なしか、不安というストレスは感じていたように思います。
一度、私が都心のオフィスにいる時に、
下の子が手を切って、出血した
という連絡が上の子から入ったことがありました。
私は、決定事項として上司に早退を告げ、
上司の返事も聞かず、電車に飛び乗りました。
私より近い場所で働いていた婚約者にも連絡し、
自宅に向かってもらいました。
時々、上の子と携帯で連絡を取りながら帰宅していたので、
救急車を呼ぶほどではない、という状況がわかり、
少しずつ安心していました。
この時の私には、大きな武器が二つありました。
上の子が、とてもしっかりした子であったこと。
携帯電話があったこと、です。
下の子は、食品の缶詰のカンの切り口で腕を切っていました。
幸い、私が帰宅した時には、出血も収まって時間が経過していました。
お金や、自分の年齢、職場の条件など、いろいろな要因があり、私は、仕事を辞めるという選択はしませんでした。
留守中に子供が怪我をする、
という大事件は結果的に一度だけで済みましたが、
それは、子供が無事に大人になったくれた今だから言えることです。
また怪我をしたらどうしよう、
何かあったらどうしようと、
毎日心の底に不安を感じて生きる日々でした。
あまり明確に記憶していないのですが、
子供が犠牲になる事件とか、大きな事故があった時に、
不安に耐えられなくなって会社を早退したことが2-3度ありました。
早退したい理由を正直に話す私に対して、
早退を黙って認めてくれていた男性上司には、
今でも本当に感謝しています。
常に、職場と自宅がもっと近くならないか、と考えていました。
それが、私の転職の判断に影響を与えたこともありました。
次回 : 30代未経験転職。外資系企業に戸惑う。振り返れば良い会社だったのに・・・
体験談を最初から読む
記事一覧から選ぶ
コメント