会社が吸収合併されたばかりの頃
買収の影響が具体的に日本国内で発生し始めてからの状況を、
どう説明したらよいのでしょうか。
説明に迷います。
具体的なその特定企業の情報は書けませんし・・・
そうですね・・・
まず、東京本社が移転になりました。
私たちの会社の東京本社が親会社のそれに吸収されて、
人事の人たちなどが引っ越しをしていきました。
私たちの部門は、他の多くの部門とともに、同じビルに残りました。
東京本社という名前は引っ越ししましたが、私の毎日の通勤などには影響はありませんでした。
確か、会社の名称が変わったなどの出来事はしばらく後だったと思います。
わりにすぐ、社長がいなくなりました。
平社員と社長、通常は関係ありませんよね。
ただ、私は個人的にショックを受けました。
いなくなった社長
30代未経験で、その会社の一つの専門部門に入社した私でした。
その専門業務に経験がない、
というのは自分でも認識していて、
当然まわりの誰もが知っていた事実なのですが、
実は、私が感じていた、もう一つの「未経験30代」の側面があり、
私にはじわじわとそれがネガティブに効いてきていました。
会社の中の人間関係に、慣れていない自分がいるのです。
それが
外資系だったからなのか、
東京だったからなのか、
本社勤務だったからなのか、
または、
専業主婦をしていた期間があって、
単に働いていたトータル経験時間が削られていたせいなのか、
何が原因なのかわかりませんでしたが、
私はどことなく、
自分は会社での振舞い方について経験が足りていない
と感じるようになっていました。
派遣さんが3人で立ち話しているところに
「お疲れ様」と声をかけたら
ぎょっとされたり。
社内で給与の話をしたら叱られたり。
言っていけないこと、言ってよいこと。
人間関係の認識の仕方。
距離の取り方。
何よりも、
「みな仲間」という世界は残念ながら無い、
ということ。
いろいろと難しいな、と思うことがあって、
とにかく自分の頼りなさを感じていました。
特にM課長に無視されていた時期には、自分に自信が持てたり、
将来に希望がもてたりする要素はありませんでした。
そんな時に、社長は声をかけてくれたんです。
単に平社員。
未経験で入ってきたばかり。
先日まで無職。
20代のほとんどを主婦として過ごした。
そんな私を「社長の定期的な1on1ランチ」のメンバーに入れてくれて、
本当に今から考えると、
若輩者の未熟な愚痴やおしゃべりに
よくぞ、つきあってくれました。
私は、私の経験不足から来る新しい環境での戸惑いや自信のなさを
あろうことか、5段階ぐらい上の上司にあたる社長に慰められていたのです。
多分、言語化できるレベルでの認識もありませんでした。
親しみやすい、優しい、社長・・・
合併で、そんな社長が突然いなくなり、
私は、それを事後に知りました。
挨拶もできませんでした。
部長の躍進?
そして、次々に部門統合や再編が始まりました。
合併した相手の会社とは扱っている製品カテゴリーが違っていたため、
製品を扱っていた私たちのような部門は
比較的直接的な統廃合はありませんでしたが、
それでも、
部長が一人減って、部長の下につくグループが増やされたりしました。
M課長の直属の上司の部長は、さすがのアピール力で、
下につく組織をどんどん増やしていましたし、
合併先の社長・副社長の懐にさっさと飛び込んで、
まるで親会社に最初からいたような顔をしていました。
60代の今から考えれば、部長も必死だったんだろうな、と思います。
けれど当時の私は、部長を「恥ずかしい人だ」と見ていました。
吸収されて、会社名がなくなった元々の会社に対するロイヤリティのなさとか、
新しい上司にこびる姿とかが、
若い私には軽蔑の対象となっていました。
今の私なら、
なんとも思いませんけれどね。
なんなら、当時の自分を「青いな」と思います。
事実としては、その部長の社内政治力があったからこそ、
私たちの部署が比較的そのままの形で業務継続できていた
そんな見方も間違っていないと思います。
昇格したいか?
挨拶をしないところから始まったけれど、
それまでにすっかり仲良くなっていた先輩たちが、
毎日のように転職の話をしていました。
不安でした。
せっかくM課長に認められて、
せっかく楽しく過ごしていたのに。
世界が、私のまわりが、ぽろぽろと崩れて落ちていく、
そんな感じでした。
それでも、人事部のようにいきなり統合されたり、
人事部長がいなくなったり、
社長がいなくなったことに比べると、
私たちはまだ、マシでした。
落ち着かない日々は、
近い未来への不穏な正式情報と噂に彩られながら、
ゆっくりと、過ぎていきました。
そしてある日、
M課長が言ったのです。
「昇格したいか」
と。
え? 昇格?
昇格って何?
・・・が正直な私の反応でした。
「給料が低いって文句言ってただろう」
確かに。
入社して時間が経過し、
まわりの人たちの給与について地道な調査をし、
人事に叱られて調査をストップした私でしたが、
「自分の給与が相対的に低い」
という結論には至っていました。
ただ、その時に文句はなかったんです。
残業はしません、という入社時の約束は守られていて、
あくまで私は未経験の新入社員でしたから。
でも、M課長にいろいろと仕事をさせて貰えるようになり、
それなりに役に立ってきてもいましたし、
何より、状況によって時々残業が発生していたのです。
私は、仲良くなったM課長にぶちぶちと、
「時間給に計算すると、安い」と文句を言っていました。
60代になり、管理職として多くの部下たちと付き合ってきた私です。
30代の私って、なんて、生意気で、文句が多くて、
とにかく、めんどくさい部下なんでしょうか。
どうして、M課長は(結果的に) 優しかったんでしょう。
理解できません。
社長にも、M課長にも、本当に感謝です。
私に我慢してくださって・・・
「文句言っていたから、昇給してやるって言ってるのに、いらんのか」
とM課長は憮然として言い、
「マネージャーになれるだろう、お前なら」
と言ったんです。
私は、意味を理解していませんでした。
単に私の頭が受け取った情報は、「給与が大幅に上がる!」ということだけでした。
その時、「マネージャーになれる」と言われたのは、
私の立場として理解できたことは、
「昇格」です。
日本企業で言うと、平社員が
「担当課長」または「部下無し課長」
になる、という意味です。
それ以上の情報は、M課長から説明されませんでした。
実は、そこにはM課長のいろんな思惑があったのか、なかったのか。
私は決算期に合わせて、マネージャーに昇格し、それまでより250万円、一気に昇給を受けたのです。
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