東京で就職したその会社では、会社の常識として、男女平等でした。
どうして、私はそれに気づいたのでしょうか・・・
振り返ってみたら、誰かがうちの会社は男女平等です、と説明してくれたわけではないと思うのです。
多分・・・会社のみなさんの言動が、それまでと大分違ったのだと思います。
若い方々にはわからないかもしれませんが、
私がそれまで勤めた日本企業では、
女性だけがお茶くみをする、
女性だけがオフィス内のちょっとした掃除をする(例えば、事務机を拭く、給湯室を片付ける、など)、来客時には当然のように女性がお茶出しをする、
みたいなことがありました。
受付に誰か来たら、年齢とか役職とかより、女性が応対に出る、みたいな。
明文化されたルールではないのですが、男性社員の多くは、席を立とうともしませんでしたから。
外資系企業では30年前の当時も、
そういう「これは女性の役割」みたいな期待値は一切ありませんでした。
頼まれないし、
そういう光景を見ませんし、
逆に、私がそれまでの習慣で、洗い場に置きっぱなしになっているカップを洗おうとすれば、
女性の同僚たちから止められました。
私は専門職の部門に未経験で入りました。
だから、できる仕事はほとんどなくて、
雑用をやって過ごそうとしました。
電話応対も、コピー取りも。
しかし、そういう雑用も、
「派遣の仕事をとらないでください」
と、派遣さんに叱られ、
まわりの人たちも、
「あなたがすべき仕事ではない」
と言ってくれました。
別に私は、そういう雑用をやりたくない、と思ってはいませんでした。
全く。
日本企業で、というか、それまでの日本の社会の中で、
本を読んだり、新聞のコラムを読んだり、ドラマを見たりする中で、
お茶くみや雑用を率先して実施する「健気女子」たちが
職場で受け入れられたり、
成長していったりする姿を見せられ、
実際に日本企業の中で、
トイレ掃除も含めた雑用を率先して実施することで、
優位な立場をとることもできていました。
それは職場での戦略
ぐらいに認識していて、
確かに時々不快な思いはしていましたが、
どんな環境でも、どんな価値観でも、不快な出来事はある
という範疇のこととして認識していました。
そういう雑用について、
完全にやらなくていいよ、と言われると、
「戸惑い」
を感じたのは事実ですが、それはもちろん不快なものではありませんでした。
そして、今から振り返って思うのですが、
私がそういうものを不快に思わなかったのは、
私が若かったからです。
私が、会社の中で上に上がりたいと思っていなかったからです。
戦うより、適応した方が楽だと、思っていたからです。
それは、恰好のよい展望とか、分析とか、
それこそ、価値観などというものではなく、
その環境の中で、
毎日を生き抜くための妥協みたいなものでした。
男女平等の世界は、年を重ねるに連れ意味を大きくしました。
この時に、私がこの会社に就職すべきであった理由は、本当に多くあるのですが、
まずは、この常識の違いが、大きなものでした。
さて、ここまでのお話では、
よかったね
ということだと思います。
ただ、実態は、そんなにシンプルではありませんでした。
戸惑いは形を変え、続いていきます。
会社のシステムや常識としては男女の差別はなくても、
現実には、部長以上は全員男性でした。
課長は、東京本社内に多分、40人ほどいたのではないかと思いますが、
女性の課長は片手に収まりそうな人数だったと記憶しています。
男女平等の会社で、管理職の数にそこまで差があったのは、多分、勤務する女性の個人的経歴、個人的状況と関係があったのではないかと思っています。
女性課長は、全員が独身でした。
20世紀の最後でしたが、それが、現実でした。
逆に、私が勤めていた日本企業にも少数の女性課長などがいました。
男女比については、大差ない、という印象でした。
その会社には、男性と女性で昇格を区別するものは何もなかったとしても、課長昇格候補になる女性従業員がそもそも少なかったのです。
男性と同等の時間働ける女性従業員が少なかったのです。
多分。
それと、会社としては男女平等でも、
男性個人個人は、全員が男女平等の感覚をもっていたわけではないと思っています。
実際、男性社員たちの奥様たちは、ほぼ専業主婦でした。
子供がいる私は「旦那は稼いでくれないの?」という意味の質問を頻繁に受けていました。
個人的な男尊女卑感情は、堂々と表現されることはありませんでした。
しかし、普段のコミュニケーションの中で、
「同格だと思われていると考えてつきあったら、危険だな」
と感じさせられることは多々ありました。
これは、明確でない分だけ、判断も対応も難しいものだったと思います。
過去形で書きましたが、あの時代の遺物的年代の方々の中にも、まだ残っている感覚があるのではないでしょうか、と疑ってしまうことが最近でもあります。(笑)
同じ意見を聞いても、一人の人が、「誰が発言したか」で反応を変えることは、あります。
わかりやすいのは、一つの意見を優秀な部下が言うと「なるほど」という上司が、成績の悪い、ミスばかりの部下が言うと、聞かなかったり、反論をしてつぶしたり、という事象は残念ながら、時々見かけます。
年代によっては、何割かの男性は、「女性に言われる」場合と「男性に言われる」場合を区別して聞く、ということが発生していると、思わざるを得ないシーンがあったと思います。
私が理解するまでに時間がかかり、分析もしないで長く戸惑い続けたのは、ここです。
会社としては男女平等だけれど、個人個人の価値観・常識が会社のそれと同じであったとは限らない。
なのに、「平等だ」という一辺倒の見方で付き合うと、痛い目を見ることがあった。
という感じです。
「ちゃん付け」されない。雑用を頼まれない。男女区別のない話しかけがなされる。だから非常にわかりにくい。実際に何か意見を言って理不尽に否定された人や、それを間近で見ていた人のみが気づく程度の何かであったと思います。
なんなら、「何かである(現在形)」とすら思うのです。
平等だから、甘えは許されない。
仕事では、一人の従業員としてしっかり意見を述べられる姿を見せ、実際に成果を出していかなくてはならない。
女だって、男だって。
それが平等というものです。
しかし、だからと言って、対個人では、油断はできない。
相手の価値観が色々なので、合わせた対応を取らないと、
知らず知らずの間に難しい人間関係にまきこまれることがあります。
日本企業で明確な男女差別があったとしても、日常の空気感としては、慣れていた分、対応は楽だった気がします。
会社外の社会の中に当時流れていた情報とも相違がありませんでしたから。
わかりにくい、証明し難い相手の「蔑視感覚」のようなものに、
私は気づくのにも時間がかかり、
対応をとることについては、今も上手くできているかわかりません。
やはり外資系に勤務していた学生時代の友人が、30代の頃、
「日本の男尊女卑は本当に厄介だ」
と怒っていた時、
私は、「でも、外資系って男尊女卑はないよね」なんて、言っていました。
友人には、10年以上経った頃、
自分の認識不足を謝罪しました。
ここで私は、特に、男尊女卑に対する非難を展開しようとしているのではありません。
言いたいことがあるとするならば、
新しい世界に入って、
その世界の価値基準をわかっていないと、
それがそれまでの世界より良い場合でも、
戸惑うし、
何にしても価値観の違う相手とのつきあいは問題が発生しやすい、
という点です。
この世に天国はありません。
理由は簡単です。
誰かにとっての天国が、別の人にとっては天国ではないことがあるからです。
とどのつまりは、
その環境・状況をできるだけ理解し、
その状況に良い意味で慣れ、
対応力をつけていく。
それが生きる力なのだと思います。
私には当時、徹底的に情報がなかったし、
誰も教えてくれない中で
長い間、
戸惑いと、失敗を繰り返して生きることとなりました。
30年前、外資系企業でどう振る舞ったらよいか、という指南的情報は、本当に少なかったと思います。
少なくとも、私は出会えませんでした。
時代が変われば、全てが変化する中で、私の経験談が、誰かの役に立ちますように。
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