離婚後初の就職。年収300万。自宅と保育園の近く。
離婚して、すぐに就職した職場は、店舗勤務でした。
新しく開業した店舗の店長としての就職で、お給料は年収300万を超える程度。
アパートから車で15分ぐらい。
ちなみに子ども供たちの通う保育園はアパートの隣でした。
というか、保育園の隣のアパートを借りただけなんですけれどね。
私の実家は地方都市の隣の田舎町にあります。
だからなのか、時代のせいなのかわかりませんが、保育園には待期期間なく入ることができました。
首都圏の今のお母さんたちは、保育園に入れてもらうことが一苦労で、本当に大変だと思います。
すぐに二人の子どもたちを同じ保育園に入れてもらい、なおかつ、保育園の隣のアパートに入居できたことは、本当にラッキーでした。
夕方は、保育園の延長保育を利用しても迎えの時間に間に合いませんでしたが、そこは、そこから車で20分ほどの距離にあった実家の両親に手伝ってもらいました。18時までに迎えに行ってもらい、19時に仕事を終えた私が職場から直接実家に帰る、という毎日でした。
一旦、離婚後の生活はスタートしました。 表面的には順調だった私たち親子でしたが、
結局、私は最初の職場を数か月で辞めました。
理由は以下のとおり。1番が一番大きな理由で、2番と3番は付属的です。
事前に聞いてない(確認してしていなかった)。個人事業主としての勤務だった。(合法なの?)
社長は、社会保険料を払わず。
私は国民年金・国民健康保険に入ることになっていました。
社長の態度に戸惑いを感じることが多かった。
店長の私の行動にいちいち干渉をしてきて、窮屈に感じたり、
批判的な干渉に傷つくことが続いた。
例えば、パートさんのシフトは店長の私の責任でしたが、
私がパートさんの希望を全て反映して組んでいるのに、
「それじゃ、みんなが不満だろう」
と言う発言をされたことがありました。
パートさんが
「店長は、みんなのことを考えてくれています」
とかばってくれました。
すると社長は、「みんなは俺より店長がいいんだ」と、ブツブツ言いながら控室に籠り、
その先にトイレがあったために、女性スタッフがトイレにいけない数時間を過ごしました。
その後も社長は個別にパートさんを一人一人呼んで、
「店長に不満はないか」
と訊くことがありました。
パートさんたちが怪訝に思って、私にいちいち教えてくれました。
私は時々社長に
「何か心配されているんですか? 何かあるなら、教えてください」
と聞いてしたが、彼は、
「問題ないよ」
と言うのです。
ただ、その顔が、決してハッピーなものではないので、ストレスを感じていました。
社長は複数の店舗を経営していましたし、各店舗で接客に立つ必要はない人だったのですが、時々気まぐれで店舗に来て、接客に立っていました。
忙しい時に立つならば、
「助かります」
という状況なのですが、いつ接客してくれるか、は、気まぐれでした。
その上で接客中に何か感じるところがあるのでしょう、
「あのお客さんは、店長の方が好きだから、お相手して」
と接客を不自然に変わることを要求されることがありました。
ただ、レジを打って、質問に回答したりするだけの接客です。
お気に入りも何もないものです。
そういう言葉をお客さんの前で聞こえるような声で言うので、
お客さんが
「私は別にどちらでもいいです」
と怒り、
私も気持ち的に巻き込まれることが時々ありました。
結局勤務時間が長く、毎日子どものお迎えにいけないことが不安として募った。親がいつ、「いやだ」と言い出すか、と心配していた。
職場での社会保険がない個人事業主扱いについては、最初の給与を「現金で」受け取る時、現実を知ってかなりショックでした。
ただ、小さな会社に勤めることが初めてでしたし、
まずはやってみよう、
と働き始めました。
けれど、2番の要因が日々いろいろと起こり、ストレスが続きました。
そうなれば、1番に対して見てみぬ振りをして継続する理由など、見えません。
私は、次の職場を探しました。同業の店舗勤務を探しました。
そして、次の職場を決めてから、それを正直に告げて、社長に退職を表明しました。
すると社長は、
「あの店にいくのか、、、」
と意味深な反応をしました。
私はその社長の態度の意味を、次の職場ですぐに知ることとなります。
次回: 転職した先は、すごかった。。。20代で離婚したシンママが、2か所目の職場を1か月で辞めた理由
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