離婚後、収入を上げるために起業したシングルマザー。詐欺的フランチャイズと、良心的フランチャイズの両方を経験しました。

転職を重ねた60代シングルマザーのキャリアノート。 実家近くでの離婚後再出発

20代で離婚してシングルマザーになった私が、
とにかく就職して、失敗して、
転職して、失敗して、
やっと大手企業の事務職の仕事を見つけて、
落ち着いて働いていたのに、
同年代と収入が大きく違うことに気づいて、
ジタバタしはじめたお話の続き。

収入をあげるための選択肢

人並みの収入が欲しい
だけど
遅れて入った私が低い給与なのは、会社の仕組みとして仕方ない
となったとき、
私は、私としては自然に
「起業」を選びました。

離婚して、
短期で辞めた職場を2か所経験して、
やっと落ち着いた会社に入った。
中途入社で、条件は同年代に対して劣っているけれど、
長く勤めればベースアップもあった。
それなりの給与にはなっていたでしょう。
それなのにどうして、安定した場所を捨てて、起業を選んだのか。

父の影響もあり、サラリーマンが一番、という感覚を持っていなかった私としては、
収入を増やしたい、どうしようか、
と考えたとき、
ここで働き続けるか、
または、
起業して勝負してみるか
が、同列の選択肢でした。

やはり、若さ故の「強さ」だったのかもしれません。
若さ故の「危うさ」だったのかもしれません。
商売を初めて、失敗しても、「取り戻せる」
というイメージしか持っていませんでした。

私は、小さな飲食業と学習塾の経営を始めました。
そのどちらも、フランチャイズへの加盟でした。
そこで、私は、事業を営むということについて、多くを経験として学びます。
それは、とても貴重なものであったと思います。
飲食店の方では、本当に、本部の方に助けていただきました。
今でも感謝しています。
学習塾については、加盟して、事業開始してほどなく、
「半分詐欺だな」という感想を持ちました。

学習塾経営のエピソード

詐欺的フランチャイズだった気がします。
私の経営していた学習塾が、生徒さんに対して詐欺的だったのではありません。
学習塾自体は、加盟者である私はまじめに運営していましたし、
雇った先生たちも、良い人たちでした。

問題だったのは、
そこではなく、
フランチャイズ本部の対応でした。

まず、フランチャイズ本部は、こんな広告を謳っていました。

-あなたも学習塾経営しませんか。
-ノウハウを教えます。
-経営の様々な課題についてサポートします。
-悩みについては、一緒に考えて、解決を試みます。

私が正社員の仕事をしながらそのビジネスを開始したのは、
まず、初期費用が高額でなかったこと。
(場所を時間借りして、先生たちはパートで雇いました。)
そして、
学習塾に子供たちを連れて行けたこと。
それらにより、「できるかも」と判断しました。
加盟料で100万払ったことを記憶しています。
私が数年会社員として働いて、倹約して貯めたお金の大半でした。
開業資金は、本部が謳っていたように、少額で済みました。

小規模学習塾の経営ノウハウという点では、
確かに、本部は基本的なことを教えてくれました。
ただ、そのノウハウ自体、聞いてみれば、
実は全く大したものではありませんでした。
多く人が、
「そうだよね、そうするもんだよね。知ってた」
と感じる程度のものでした。

ただ、
そういうやり方もできる、という「アイデア」自体が
特別なものではなくとも、
事業未経験者にとっては、
「特別ではない事業アイデア」と
「自らによる現実の実行」が結びつきやすい
それが、フランチャイズビジネスというものなのかな、
と振り返っています。
始める勇気が、他人によって後押しされる、という感覚でしょうか。
であるからこそ、
そこには詐欺まがいのものも存在しやすいのだと思います。

加盟金の100万円。
その価値は、客観的事実としては、「無かった」と思います。
ノウハウは、完全に独創性はなく、陳腐。
学習塾の経営で一番大切なのは
「良い講師」と「生徒」を集めることですが、
どちらについても、私も当然のように苦労をしました。
しかし、本部からのサポートはゼロでした。
「講師紹介」については、サポート依頼しても、
「現在良い人がいません」と言われてしまう。
「生徒募集」については、相談しても、
繰り返しチラシを配りましょう、などと回答されるだけ。

私は幸い、講師の先生には恵まれましたが、
生徒のお母さんの中には、過剰な要求をしてくる人もいました。
悪質なクレームではありませんし、
言っているお母さんの気持ちも理解できたのですが、
事業の規模的に対応できない内容でした。
できれば要求に応えて、塾の評判を上げたかったので、
本部に相談しました。

すると、

「その親がおかしい」

などと、親御さんの批判で話が終わり、
何のサポートもアドバイスも受けられた気がしませんでした。
もちろん、その問題は、私一人で解決しました。

学習塾の収益から、場所の賃貸料と先生の給与は出せていましたが、
とても私たち親子の生活を助けてくれるものではありませんでした。
完全にボランティアです。(苦笑)

私は、切の良い3月末でその塾を閉じました。

生徒のお母さんたちから、何通か手紙をもらいました。
塾が無くなることを惜しんでくれる文面に胸が熱くなりました。
でも、続けることはできませんでした。
ボランティア状態で続けられるならば、まだ良いのですが、
事業は収益が上がらないと、何かの弾みに経費倒れ、
つまり、赤字になると知っていたからです。

こういう感覚の部分は、
子供の頃に、事業経営者の父が話していることを
意味も理解せず聞いていたことが残っていたり、
本から得た知識で、
持っていました。

学習塾の経営が厳しくても、大人しく会社員をしていようとは考えなかった私

収益が上がらなかったくせに、当時の私は、

大人しく会社で働く

という場所に戻ろうとしませんでした。

加盟金100万を失ったくせに、
「勉強になった」と
本気で考えていました。
そうこの経験を活かして、
次は何をするか?
お金は無い。
無い中でできることは・・・

なんて、考えていました。
本当に、今から考えると、怖い。

飲食業開業と会社退職

学習塾を畳む前から、
私は、とある飲食のフランチャイズに加盟する検討を始めていました。
こちらは、加盟金が不要で、
開始時の研修参加費用が20万円ほど必要、というものでした。
あとは、売上などに対するロイヤリティを毎月上納していきます。

今から考えても、本当に良心的なフランチャイズ本部だったと思います。
開業前の研修も、非常に内容が濃くて、
開業できるまで細かく相談にのってくれて、サポートしてくれました。

学習塾では
100万支払い、ほぼ、サポートはゼロだったと感じていました。
でも、飲食の方では、
20万でここまでサポートしていただいていいのですか、
という感謝に溢れる状態でした。

私は、この飲食の開業とともに会社を辞めました。
しばらくは学習塾との2つの経営で忙しすぎて苦しかったのですが、
学習塾を畳んでからは、
飲食の事業だけで、会社員の給与程度の手取りは稼いでいました。
自宅から歩いて1-2分の場所で商売していましたので、
子供たちが好きな時に店に来ることができ、
子供たちにとっても良かったと思います。

今、働くお母さんたちにとって、「小学一年の壁」という言葉があるそうですね。
当時も、言葉はありませんでしたが、
働くお母さんにとって、
子供が小学校に上がると、保育園より大変。
給食はないし、早く帰ってきてしまうし、と頭を痛めていたのは同じでした。
私が当時、どこまで計算で動いていたのか、
あまり記憶は残っていませんが、
上の子の小学一年の壁が、飲食の商売をすることで助かったことは事実です。

けれど、

フランチャイズ本部が良心的でも、
事業にとって大切なのは、
儲かるか否か、
食べて行かれるか、否か、
です。
収益が十分でなければ、続けられません。
そして、十分か否かのボーダーラインは、事業主が判断するものです。

会社員の給与ほどの手取りは稼いでいましたが、
しかし結局、その飲食の事業も、2年余りで畳むことになりました。

理由は二つ。
まず、収益が大きく変化しませんでした。
最低ラインで安定していました。
安定してしまっていました。
その時の生活はできますが、
子供たちに将来かかってくる学費が出せない予想ができました。

このころの私の意識は、離婚直後から変化を進めていて、
たとえ再婚しても、
子供の学費は自分で稼ぐ、
という感覚になっていました。

その事業で子どもを育て上げるに十分な収入を上げようと思えば、

3店舗、4店舗の経営をしなくてはならなかったのだと思います。
先輩の加盟者さんたちは、複数店舗経営されていました。
ただ、みなさん男性で、
店舗間を行き来して毎日長時間、
店舗の管理や従業員が不足しているシフトに自ら入ったりされていました。
小さな子供のいる私には、それは無理、と思いました。

そしてそのころ、
おつきあいしている男性が転勤になり、
東京に一緒に来てほしい、と申し込まれました。
私は、飲食店を畳み、再婚を予定して子供たちとともに東京に越しました。

店を畳む時も、本部の方々は本当に親切でした。
中古の厨房機器を、私が譲られた金額と同額で引き取ってくれたり、
払い残していた最後の月分のロイヤリティを免除してくれたり。
初期費用は、低金利で融資を受けていましたが、
大きな借金は残さないで閉業することができたのは、
ひとえに本部のお陰でした。

フランチャイズを2か所経験して思ったこと

2か所のフランチャイズを経験して、私はこう考えるようになりました。
もし、もう一度事業を始めるとしても、フランチャイズはやらない。
詐欺まがいのフランチャイズは言うまでもありません。
けれど、大きく助けていただき、
本当に勉強させていただいたフランチャイズであっても、
ロイヤリティの負担は結構感じていました。
当たり前のことですが、
フランチャイズは、本部が設けるためのもの。
最高に良心的なフランチャイズにお世話になった後にも印象は変わりません。
ただ、事業未経験者の心理的躊躇みたいなものは、軽減されると思います。
フランチャイズ加盟によって、部分的に他力本願ができますから。
要するにその心理的不安の軽減にいくら払うのか、かもしれません。
私にとっての学習塾フランチャイズへの100万円も、
それが本当に詐欺だったとしても、
まあ、意味がなかったお金だったとは、実は考えていません。
リカバリー可能なダメージであれば、
詐欺にあうことも、時に若いうちには貴重な経験だった
と本気で思っています。

ただし、誤解を避けるために言いますが、
私が、そう感じた、というだけのものです。
みなさんにとっても同じ、などと言うつもりはありません。

私の性格があり、
結果的に全く致命傷を負わず、
比較的に問題なくリカバリーできた
からこそ、の感想です。

飲食の、最高の本部とのつきあいは、
支払った金額の価値を最大以上にしてくれるものでしたし、
本部の方たちとの雑談の中にも、本当にたくさんの学びがありました。
今でも、私の中にその時に得た教訓が残っている気がしています。

そして、30代前半で、
「もう二度とフランチャイズには加盟しない」
という結論を持てたことは、
その後の私の選択のリスクを軽減してくれることになり、
それ自体、大きな財産だと思っています。

そして私は、事業も仕事もない状態で、婚約者について東京に出ます。

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【 DonMaMa  の プロフィール 】

20代で離婚し、シングルマザーとして二人の子どもを育てながら働いてきました。

転職、起業、再就職。失敗だらけで、自己嫌悪とも長く付き合ってきました。
それでも働き続ける中で、キャリアも収入も少しずつ伸ばすことができ、子ども二人を奨学金や教育ローンに頼ることなく大学卒業まで送り出すことができました。
世界の人たちと仕事で関わる経験にも恵まれ、物の見方は大きく広がりました。

このブログでは、60代になった今だから見える、仕事、人生、無視できないお金について綴っています。

当時の失敗や遠回りを振り返りながら、今の視点で分析もしています。
あの頃の私に、こういうことを教えてあげたかったな。
あの頃、聞けていれば、私の人生、もう少し楽だったかな。
そんな思いで書いています。

あなたの人生を考えるときの、小さな参考になればうれしいです。

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