未経験で転職して2年もたたないうちに
平社員から課長(マネージャー)になった私。
給与が大幅に上がったことで大喜び。
だけど、昇格の本当の意味が分かっておらず、
管理職であることの意味と、
この年齢でマネージャーになれたことの意味を理解するのは、
もっと何年もあとのことです。
だって、入社して以降、
みんないろんなことを教えてくださるのに、
一番大切なことほど、言葉にはしてくださらないので。
一つ一つ経験して。
経験の意味を理解するのにも時間をかけて、
なんていう、私の本格キャリアスタートはこんな感じでした。
さて、昇格を仕掛けてくれた私の上司のM課長と、しばらくは順調に働いていました。
昇格から数週間たったある日、M課長が言いました。
「俺、会社やめるから」
と。
当時50代前半だったM課長は退職して、ご実家の稼業を継がれるというのです。
「お前なら、全部渡せる」
とM課長は、のほほんとした笑顔で言いました。
私の頭の中には、M課長がそれまでやっていた仕事のリストがババババババと、出来上がりは閉めました。
「出来ない」とは、思いませんでした。
「こりゃ、大変だ!」と思いました。
それまでに、私はM課長の課の仕事、
つまり、私が引き継ぐことになる仕事について
一通りは教えてもらって、M課長のアシストをしていました。
M課長のアシストをしている時間の3倍ほどを
基礎的技能情報習得の時間に使っていたので、
単語を聞けば何を言っているのかわかる状態でしたので、
会議に出たり、書類を見れば、推測もでき、
順に仕事を覚えていました。
正式に退職表明してから、M課長は順に得意先に自分の退職と私が後継者である旨を伝えるための挨拶まわりをしました。私もほとんど同行しました。
退職表明から数週間、M課長はオフィスに来てくれていました。
私は、M課長の業務を引き継ぎつつ、
新規で発生した関連プロジェクトについて
最初からリードをするようになっていました。
仕事はどんどんたまっていきました。
ここで気づいたことがあります。
抑えるべき点だけ抑えていけば、
割と自動的に進むようになっている業務が多いのです。
それはまさに、M課長が始め、整備したものでした。
ですから、仕事が溜まっていても、
優先順位に気をつけ、定期的な確認や下請け業者への依頼をしていけば、
自分が担当している「動いているプロジェクト」に
時間がさけるようになっていました。
それでもM課長ほどは順当に進められず、
心配したM課長の上の、部長の上の事業部長が、
私に一人正社員の部下をつけてくれました。
そして派遣のOさんが辞めていきましたので、
私は自分で代わりの派遣さんの面接をし、
英語がとてもよくできる、
時間給がOさんより1000円も高い人を雇いました。
Oさんが辞めた理由は、前後の彼女の言動で推測できました。
Oさんは、
「同じ年の女性のあなたにアシスタントとしてつくわけにはいかないわ」
というようなことを何度か言っていました。
Oさんに関する感想として、不思議な人だったな、と思います。
そういう言葉をニヤリとした笑顔が言うのです。
パーテーション越しにのぞき込んで、私の頭の上から、
私をたしなめる様に、諭すように言うのです。
「私にもプライドはあるのよ」というようなことも言っていました。
そして、彼女は別の派遣先を探し、次が見つかると同時に辞めていきました。
彼女も今は60代です。
どうしていることでしょう。
社長秘書にはなれなかったと思います。(ごめんなさい、確信しています)
どこかで何かを判断して、Oさんに合った仕事を見つけ、働いていたことと思います。
でも、Oさんの行動のお陰で、
私は自分に必要な派遣さんをタイムリーに雇うことができたので、
ありがたかったです。
外資系企業のマネージャーになって、
正社員と派遣の二人を部下に持ち、
そして、その後1人部下が増えることになった私ですが、
致命的な欠陥がありました。
経験と認知不足であるという欠陥以上の欠陥、
英語ができない
です。
入社面接の時、英語面接はありました。
私は以前の日本企業でほんの時々翻訳が必要となった時に、
辞書を使い倒して時間をかければ翻訳がなんとかできるレベルでした。
英会話は、旅行ならなんとかできる程度でした。
ですから、面接時の短い文章で出される質問と、
事前に想定問答が準備できる程度の内容には、対応ができたのです。
でも、英語メールの理解には、辞書を使ってもかなり時間がかかりましたし、
当時は自動翻訳のツールも限られていました。
そして、自分で返信を書くことは至難の業で、
ましてや、英語でのビデオ会議など、
M課長の隣で座っていても、
みんなのしゃべっている言葉が外国語にしか聞こえませんでした。
事実、外国語だったんですが・・・
平社員のアシスタントなら問題ないのですが、
M課長の後継の課長となれば、
英語の会議もこなして当たり前です。
なので、私は、私にはりついてくれる派遣さんを雇いました。
英語で来たメールは、彼女に転送します。
すると、彼女が日本語にしてくれます。
それに対する返信を私が日本語で彼女に送ります。
すると、彼女がそれを英語にしてくれます。
会議では、堂々と「私が英会話がダメ」なことを海外の人達に伝え、
彼女に通訳として同席してもらって、対応しました。
周りにどう見られていたかわかりませんが、
彼女を組み込んだ仕事のシステムで、
遅滞なく業務が進んでいました。
M課長は、そんな私の様子を見て、幸せそうに退職していきました。
M課長が「実家の稼業を継ぐ」と言ったのは、嘘でした。
退職後、私はM課長と会い、M課長から真実を新しい名刺とともに告げられていました。
M課長は、とある有名企業の部長として転職をしたのです。
会社に説明した転職理由は嘘でした。
退職の時期、そして退職表明の時期からすると、
多分こんな時系列でのでき事が起こっていたのではないかと思います。
- M課長が転職を考え、活動を開始する。
- 私が給与のことで文句を言い出す。
- 昇給してやろうかと考える。
- 人事と相談して、進め方の一つに私をマネージャーにして給与を上げて残業がつかない待遇にする選択肢を提示される。または、もともと認識していた。
- 転職活動が順調に進む。
- 私が昇格・昇給する。
- 転職活動を継続しつつ、私に仕事を伝え続ける。
- M課長に新しい会社からオファーが出る。
- 退職の意向を表明し、私に正式に全てを渡す。
- 無事、転職。
事の顛末を説明してくれた時、まあ、明るい笑顔でしたね、M課長。いえいえ、M部長さん。正直、M課長が転職して、M部長になってよかったって思いました。私も、嬉しかったです。
私は別に、M課長の下で担当課長とか課長代理とかの肩書でよかったんですけれど・・・
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