再婚したかったシングルマザー。「生活できれば良い」から、「人並みの給与がほしい」と、気持ちが変化していきました

転職を重ねた60代シングルマザーのキャリアノート。 実家近くでの離婚後再出発

新しい職場、新しい町、新しいアパートで、生活は落ち着きました。

そこで私は、元々の計画通り、恋愛を解禁にしました。

とはいっても、私には小さい子供がいますから、活動条件は厳しいものでした。

男性との外出は、子連れか、または、実家の両親が預かってくれる時に限られていました。

以前から、

私は、再婚のできる可能性の高い年齢のうちに、やり直したいから20代で離婚した。

とお伝えしていたと思います。

だから、離婚後、やっと生活が落ち着く環境になって、婚活関連の活動を中心に考えて動いていたんですが、

しかし、言ってみれば当たり前の、もっと大切な部分がありました。

子供たちを健康的に生活させること。

この時点ではまだ、長期的な子供たちの育成を視野に入れていませんでした。

目の前のことを「再婚前ステップ」ととらえており、あとのことは、

再婚してから考えよう

という意識だったと思います。

こういう色々を、20代の私は言語化して考えていたわけではないんですけれどね。

60代の私が振り返った時、こんな感じだったかな、というものです。

再婚してから考えよう、と漠然と考えていたとしても、毎日、毎月の生活はすでに始まっています。

当時、本当に貧乏でした。

離婚前に貯めていた貯金を使って、引っ越しと今回のアパートの入居費を払い、離職期間中の生活費もかかって、貯金は一旦50万程度になっていました。

多分、環境が一旦落ち着いたからだと思いますが、生活費のストレスを感じることが多くなっていました。

年収300万程度だと、月々の手取りが16万程度だったと記憶しています。

月々、少しずつ赤字でした。

世の中には、上手に節約して、16万で家賃・保育園代諸々全てを賄っている人もたくさんいると思います。

でも、私は、あまり上手にできていませんでした。

ボーナスが別途ありましたので、毎月の1-2万円の赤字をそれで補填していました。

そんな生活の中、まず、私は手取20万ほしいと考えました。

当時、あなたの夢は、みたいに質問されていたら

手取りで20万です

と、すぐに答えていたと思います。

実際、妹や友人とそういう会話をしたこともあるように記憶しています。

その実現可能性はどんなもんだろうと、会社の同年代の同僚に給与を聞きました。

みんな気のいい人たちで、給与情報をなんの躊躇もなく教えてくれました。

新卒から入社して、営業職として7-8年働いてきている同僚の年収は400万ぐらいと知りました。

私より、100万以上多かったのです。

最初は、どうしたらそこに追いつけるんだろう。

毎年、どれぐらいベースアップしてもらえるんだろう。

早く、手取りで20万になりたいな。

という感覚でした。

ただ、時間がひと月ひと月経過し、

毎月の生活費が明確になり、

果物も、ベーカリーのパンも当たり前に買えない日々の中で、

給与は一年に一回しか上がらない現実に気づき、

私の気持ちは次第に、変化していきました。

大手企業の会社員として復活し、最初はそれを喜んでいました。

でも、次第に、

どうして私の年収は同年代の同僚より大幅に低いんだろう、

と考えるようになっていました。

それは、会社や、誰かに対する不満ではありませんでした。

世の中そんなもの。

何年もパートしかしてこなかったんだから、

ずっと正社員で働いていた人たちより給与が低いのが当たり前、

と思っていました。

でも同時に、単純な、違和感のようなものも持っていました。

不満はない。けれど、それをそのまま受け入れてしまうのは嫌だ、というような。

再婚をあきらめていたわけではないし、

再婚したら正社員はやめたい、なんて思っていたくせに

同時に、同じ年齢の人たちと同等の給与が欲しい、と思っていた私でした。

それを私は

人並みの給与がほしい

という言葉で認識していました。

専業主婦で、できるときにはパートをして、悩みと言えば、夫との仲や義実家との付き合い方だった私が、

離婚して、子供たちの衣食住に責任を負い、まずは、食べていかれればそれで良い、

と数か月を過ごしました。

そして、その後、毎日なんとか生活ができるようになって落ち着いた上で、

どうして私は人並みの給与がもらえないんだろう。

人並みでありたい。

に変化していったのです。

それは、再婚をする・しないとは別のラインで、自分の中に目覚めた何かでした。

こんな貧乏な生活では不安だから、早く再婚しよう、でもよかったはずです。

でも私は、

「早く再婚しよう」より、

「人並みの収入を得たい」

という気持ちの方を大きく持っていました。

もし当時、私がそんな自分の意識の変化に着目していたら、

私はその先の選択において、まったく違ったものを取捨していたかもしれません。

当時の私は、60代の私が見ているレベルで自分のことを見ていないので、

まだまだジタバタと、迂回だらけの道を進んでいくこととなります。

次回: 収入に不満なシングルマザー。転職を繰り返してやっと正社員になったのに、起業を選びました。

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【 DonMaMa  の プロフィール 】

20代で離婚し、シングルマザーとして二人の子どもを育てながら働いてきました。

転職、起業、再就職。失敗だらけで、自己嫌悪とも長く付き合ってきました。
それでも働き続ける中で、キャリアも収入も少しずつ伸ばすことができ、子ども二人を奨学金や教育ローンに頼ることなく大学卒業まで送り出すことができました。
世界の人たちと仕事で関わる経験にも恵まれ、物の見方は大きく広がりました。

このブログでは、60代になった今だから見える、仕事、人生、無視できないお金について綴っています。

当時の失敗や遠回りを振り返りながら、今の視点で分析もしています。
あの頃の私に、こういうことを教えてあげたかったな。
あの頃、聞けていれば、私の人生、もう少し楽だったかな。
そんな思いで書いています。

あなたの人生を考えるときの、小さな参考になればうれしいです。

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