30代未経験で転職した会社で、
自分にとって新しい常識のようなものに多く触れ、
違和感や疑問が不満や不安になり、
上司に仕事を振られることがないことに愚痴をこぼしながら、
1年近くを過ごした私でしたが、
その間に本棚の業務関連書籍をほぼ全て読んでいたので、
いつのまにか会社の中で業務関連情報に精通している側の人間になっていました。
会社の中で業務を全般的に一番知っていて、
実行して成果を上げていたのは、
私の上司であるM課長であり・・・
他の先輩たちや他部門の部長・課長たちは、
ある一定の業務だけをひたすら狭く深く実施している人達なのだと、
次第に知りました。
もちろん、狭く深い業務の掌握と実施が悪いわけではありません。
他の部門の人たちの業務の目的や概略については、
最初M課長に無視されていた時期に、
新人に対するOJTの一環として会議に呼んでいただくこともあったので、
それなりに理解して、尊重の気持ちも持っていました。
本来ケアしてもらいたい直属の上司に放っておかれて寂しかった私にとって、
他部門からの会議招待が結構慰めにもなっていたものです。
こっちに入れてくれないかな、とちょっと思ったこともありました。
でもある時期以降、
上司のM課長に取引先の同行を許され、
仕事の全般を次第に開示してもらうようになってからは、
それまでの停滞時間を取り戻すかのように、
それまでの停滞時間に学んだことを活かすように、
私は急速にM課長の業務を理解し、
多分、「パートナー」になっていました。
M課長がホームズ。
私がワトソン。
どうして、「多分」かと言うと、
M課長が私を言葉で褒めることは、無かったからです。(やれやれ)
M課長の仕事の範囲は、狭いと言えば狭く、広いと言えば広かったと思います。
対象となる製品は一つだけでした。そういう意味では業務範囲は集中していました。
でも、その製品の開発・改善から流通の一つ手前の出荷までを
全て担当するので、業務範囲は広かったとも言えるのです。
放置されていた時間と、
本棚に先輩たちが揃えてくれていた本のお陰で、
私はその広い業務範囲の基本情報を事前に学んでおり、
あとは、具体的な製品や進行中プロジェクトに関する
実態と方向性を理解すればよかったのです。
対象製品が一つであっても、規格を変えた新しい製品は時折発売していました。
その時に輸入許可をとりにいくことが、事務仕事としては一番大きな山になっていました。
どんな仕事も、核の部分は最初から最後までM課長が実施するのですが、
周辺の部分で私が結構手伝った時がありました。
M課長とともに膨大な書類を持って、
お役所の窓口に書類提出に行って、
軽い確認で不備がないと確認されて、
受理されて、
数週間の集中した文書準備業務が終わります。
M課長はその業務の時、結構残業もしています。
私は、特別なことがなければ定時で帰っていました。
書類が受理されて、大きくほっとしたとき、M課長が
「飯、食ったか」
といいました。
「いやいや、朝からずっと一緒だったじゃないですか。食べてないでしょ」
と返します。
「そんなものは、知らん」とM課長が笑い、
私を有名ホテルのブッフェレストランに連れて行ってくれました。
そして、「飲むか」と聞かれ、
M課長はビールを二人分オーダーしてくれました。
平日の昼。
やっと最近心を開いてくれた、もじゃもじゃの上司。
高級な料理たちと、冷えたビール。
「お疲れ」
とM課長に言われて、私は言いました。
「昼間っから、飲んでいいんですか?」
「こういう時は、飲まないでどうする」
とM課長はビールをぐっと喉に流しこみました。
私は、ばれないようにM課長を睨みました。
私を放置しつづけた時も、
私がオフィスで他部門の人達から
「どうして上司の行先を知らないんだ」と責められていたときも、
時々、Sさんなどと、飲んでいたんだな、と思いました。
もちろん、
その時の私にはワトソンとしての達成感があり、
安心もしていて、
目の前のホームズ上司を尊敬していて、
その上司に受け入れてもらったことと、
初めて大きな仕事の山を越したことで、
間違いなく、幸せな気持ちでした。
もちろん、核となる仕事は全てM課長がしていたので、
私自身は大したことをしていない自覚がありました。
60代の今から振り返ると、私のそんな、
「自分が大したことをしていない」という自覚も、
態度には如実に表れ、
変に慢心しないことで、
M課長の不快感にならなかった部分もあったのだと思います。
でも、
そんなM課長との平和で幸せな時間は、長く続きませんでした。
外国の本社が、ある大きな企業に買収されてしまったのです。
最近では、企業の買収とか、売却とかのニュースは、私たちのまわりに溢れているように思います。でも当時は、毎日経済新聞を読んでいるような外たちだけが持っているようなニュースでした。よほど身近な日本企業が買収された、という話でない限り、一般人が見るニュースには上がっていなかったと思いますし、そういうニュースについて記憶がありません。
私の主観的認知としては、企業の買収は外資系に多い話。
そして、外資系では、あまりに頻繁に起こる話、でした。
買収のニュースが社員に流れてから、しばらくは静かでした。
でも、いよいよ、日本国内でのオフィス統合や会社の名称変更などが始まると、
直接的で急激な影響が、私たち社員に降りかかってきたのです。
次回: 会社が買収された。社長が消えた。そして私には、二段階昇格と大幅昇給の話が来た!
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