離婚するしかない、と思い始めてから、数年を我慢しての離婚だったんですけれど、
20代の未熟な私は一回目の離婚の失敗を取り戻すつもりで、
再婚する気満々で離婚に臨みました。
まずは、離婚、
それから再婚相手を探して、再婚、
という順番ですから、
しばらくは子ども二人と自分の生活を一人で支えていかなくてはなりません。
当時を振り返ると、本当に楽観的でしたね。
楽観的だった理由は、まず、元々の性格が原因の大きな部分だったと思います。
明るいとか、暗いとか、前向きとか、後ろ向きという分類より、多分、
無鉄砲
これなんだと思います。
この自分の性格を認識するのも、後になってからなんですけれどね。
当時は、それまで何年も我慢した上の離婚だと思っていました。
離婚の是非、時期、離婚後の生活、仕事、収入・・・
いろいろと考えていたつもりでした。
60代の私から見たら、
いやいや、本当に無鉄砲。考えが足りない。
だけど、足りない考えはそもそも、足りていないので、
自分では足りないって思っていないんですよ。(苦笑)
離婚が決まる前から、仕事については当たりをつけ、
類似の仕事でパートなどをしていました。
資格があったのでそれで就職しようと考えていたんですが、
当時はまだ平成の初期でしたから、
女性で、子どもがいて、離婚して、となれば、
どの職場からも敬遠されるだろうと考えていました。
それは、事実、そうだったと思います。
令和の昨今までに、その点では大きく時代が動いたと、職場でも感じる日々です。
話を戻して、
資格だけでは弱いと考えていた私は、
パートで経験を少しだけ積んで、
離婚後、実家にもどり、仕事を探しました。
ここで、洞察力のある方は、こんな点に気づかれませんか?
以前のブログで、
「実家に居場所がなくて、実家から出たいから安易な結婚をした」
と書いていた私です。
離婚して、実家に帰って、大丈夫?
就職の見込みがあったんだったら、離婚前に就職活動して、住むところも決めて離婚すればよかったんじゃないの?
いやーー、そのとおりでした。(笑)
別に、実家に定住しようとしていたわけではないんですよ。
ちょっと順番が、
離婚→就職→アパートに引っ越し
となっていただけだったんですが、
実家滞在の短い期間には、いろいろとありました。
早く、実家を出なくては、と思うような出来事がいろいろとありましたが、
それって結局、結婚前と同じなんだよな、と後から思いました。
ただ、無駄なストレスがかかっただけ。
まあ、長く考えていたとは言え、離婚のために夫との家を出た瞬間の状況は結構衝動的だったので、理想的な順番にならなかったわけなんですけれどね。
実家での生活も、親との関係も、まあ、色々とあったとして。
なにはともあれ、就職して、アパートにも移りました。
ひと安心。。。。
ではなかったです。(笑)
就職したお店が、
朝9時から19時までの勤務。土曜は午後2時まで、
と拘束時間が長い代わりに
お給料はなんとか家族三人が生活して貯金も少しできる金額でした。
年収にして300万を超える程度でした。
実家から車で20分ぐらいの場所にアパートを借りて、
子どもたちの保育園へのお迎えについては親に助けてもらいました。
当時、私の親は50代。今の私より若く、元気でした。
けれど、長くは続かなかったでしょうね。
結果的に、
私が数か月で職場を変えたので、親に長期間の負担がかからなかったのですが、
長期間となっていたら、多分、親から文句が出ていたと思います。
当時の私は自分の目の前のことしか見えておらず、
そのあたりをキチンと考えていたわけではないのですけれどね。
最初に就職した職場をどうして早々に辞めたのかについては、次回お話します。
次回: 20代で離婚した私が最初に考えたこと。
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