少しずつ、仕事を任されるようになった
それまで私をほぼ無視していたM課長の、
「出かけるぞ」という唐突な指示で、
初めての取引先に同行した私。
それ以降、
M課長の気がいつ変わるのかにびくびくしつつ、
少しずつ仕事を依頼される日々が始まりました。
M課長の性格が変わることはなく、
基本的に仕事の説明はしてくれません。
「これ、やってくれ」
と言われ、
私の察しが悪いと、
「もういい」
と言われて、
仕事を取り上げられます。
単語から、仕事の全体像を想像しつつ、進めていました。
幸いなのかどうなのか、本当に難しい仕事は依頼されませんでした。
単語で仕事を投げられたら、
放置されていた期間に勉強した脳内アーカイブから仕事内容を推測します。
質問は最低限にし、
もらったヒントからさらに自分で調査をして、
仕事を推測し、実施します。
それでできる程度の簡単な作業しか、どっちみち私のところには残らないのです。
それはそれで、何も依頼されなかった時期に比べれば、ありがたいものでした。
外出先の同行は、100%に近くなっていたと思います。
取引先にもどんどん紹介してもらい、
ちょっとした頼まれ事が増えていきました。
「あの資料を準備して持ってこい」(by M課長)
「あのデータを加工して送ってもらえますか?」(by 取引先の方)
なんて、頼まれるのが嬉しくて、
なんとなく仕事をしている気持ちになっていた時期でした。
同い年の派遣アシスタントOさん
M課長の部署には、私ともう一人
グループアシスタントの派遣さんがいました。
その人Oさんは、私と同じ年の女性でした。
もちろん最初、私はOさんと仲良くなりたいと考えました。
こちらから話しかけ、
初対面の人に対する微妙な距離をとりつつ、
後からその職場に入った者としての配慮から、
挨拶したり、話しかけたりしていました。
Oさんも、最初は挨拶をしてくれませんでした。
当時は、オフィスの中の人が全て同僚、という意識でいた私ですから、
Oさんが挨拶しないことを
全く他の人たちのそれと区別して考えてはいませんでした。
だから、Oさんのことをネガティブな印象で見ていなかったのです。
60代の今から振り返ると、
部門のアシスタントさんが、
新しく入ってきた社員の「おはようございます」を無視するというのは、
相当なものです。
今の私なら、一日目でOさんという人に対して警戒していたと思います。
が、当時は呑気なものでした。
私はそれまでの経歴の中で、
アシスタントさんという立場の人と会ったことがありませんでした。
私の知っている日本企業には、
一般職という人もいましたし、
秘書さんもいました。
データ入力がやたら早く、それしかしない派遣さんもいました。
でも、M課長の秘書ではなく「グループアシスタント」
という人の立場はわかっていませんでした。
それって、
その部署の一番新人の立場と何が違うんだろう、
という程度の認識でした。
仲は悪くない。でも、どこかおかしい
M課長に無視されていた時期は、自分も暇ということもあり、
隣の席の派遣のOさんと、よくおしゃべりもしていました。
30代半ば、同い年、同じ部署、仲間。
私にとっては、そんな感じです。
Oさんは、
「夢がある」
といつも言っていました。
「私は派遣で終わる気はない。社長秘書になるのが私の夢で、仕事を探している」
と、転職サイトをいつも見ていました。
社長秘書になるにはどうしたらよいか、なんて私にはわかりませんが、
「秘書の資格、もっているんですか?」
と何気なく訊いた時、とても嫌な顔をされたことを記憶しています。
当時の私は、
社長秘書というのは、
秘書検定とかを持っているやたらキリリとした女性とか、
社長の右腕的男性がするもの、
というような、
テレビドラマで見たイメージしかもっていなかったのです。
Oさんにとってのイメージはどんなものだったんでしょうか。
Oさんとの間には、
時間が経過して、互いに挨拶もし、
暇な時間におしゃべりをするようになっても、
どこか不思議な緊張感がありました。
暇ですから、オフィスの電話が鳴った時、
私がそれまでの日本企業の時の考え方で、
「一番新人、電話に出ます!」
という勢いで何度か電話に出たのですが、
それをOさんに叱られました。
「私の仕事をとらないで」と。
その時も彼女は笑顔で、話し方も穏やかでしたが、
私にはその表情が
はりついている・・・
と感じました。
うっすらと、怖かったです。
私としては、Oさんの言葉に納得はしていませんでした。
一日に数回鳴るか鳴らないかの電話です。
広いフロアには100名近くの席があり、
数十の小さなグループがありました。
OさんはM課長のグループアシスタントです。
別のグループには別のグループのアシスタントさんがいました。
どの部署にかかってきたかわからない数少ない電話を取るのがOさんの仕事だ、
と言われても……
という感じでしたが、
とりあえず、
「はい」
と言っておきました。
緊張感はとれませんでしたが、それでも、日々会話を交わし、
Oさんと私の仲が悪かったということはないと思います
仕事を任され始めた私と、Oさん
その関係が変化したのは、
私がM課長から仕事を依頼されるようになってからのことです。
M課長は、私の作業のうち、
単純作業については、「Oさんに任せればいい」と言っていました。
それを私がOさんに依頼をすると、
「私はコピーをとるために会社にきているのではないです」
と言われました。
ファイルの整理を依頼した時は、
「私はあなたのアシスタントではないので」
と言われました。
毎回、Oさんからは高いプライドを感じました。
私は別にOさんに仕事を頼みたかったわけではないのです。
単純作業を自分でやっていると、
「派遣さんに頼め」
とM課長に注意されます。
けれど、いちいちOさんには断られていましたので、
頼むのがいやになっていました。
Oさんは、M課長がいると、
「何かお手伝いしましょうか」
と私に聞くことがありました。
当然、良い感情は持てませんでした。
M課長に、
「なんで、お前がコピーをとっているんだ。Oさんに頼めばいいだろう」
と言われ、
「コピーはOさんの仕事ではないらしいです」
と答えたことがあります。
M課長は、
「あれは、あかんなー」
とつぶやいていましたが、
Oさんの派遣契約を切ることはしませんでした。
当時わからなかったこと。今なら想像できること。
M課長からどんどん仕事を頼まれ、
M課長と外出することも多くなっていた私には、
仕事をしない人に関わっている暇はありません。
自分でコピーをとるのは嫌いではないし、
雑用も全くいやではない私です。
M課長がいる時だけOさんに依頼し、
いない時は依頼しませんでした。
今の私が振り返れば、Oさんの言動の理由は想像ができます。
でも、想像できるだけで、肯定も共感も支持もしません。
日本企業では、Oさんのような人に会ったことはありませんでした。
でも、外資系で始まった私のその後のキャリアの中では、
Oさんと似たような言動タイプの人には、ちょくちょく会うことになります。
なぜ、Oさんはほぼ何もしないで、そこにいて給与を貰えたのか。
言い換えれば、
なぜOさんは自らの言動や考え方が、自らの雇用可能性(エンプロイアビリティ)に深刻なダメージを与えると気づかないでそこにいられたのでしょうか。
「もっと仕事をしろ」と言われれば、
きっとOさんはしたはずです。
M課長が、もっと「DonMaMaの言うことを聞け」と明確に言っていれば、
Oさんは少なくとも表面的には行動を変えたのではないでしょうか。
でも、M課長は、
陰では「あかんなー」などと言っていても、
Oさんには何も注意しませんでした。
それは、M課長がOさんの仕事ぶりに、納得していないまでも
不満を感じていなかったこと、
そして、
アシスタントさんの「いない状態」を
「是」としていなかったことによります。
週に一本の電話でも、M課長は誰かにとつてもらいたかったのです。
週に述べ20枚程度のコピーでも、とってほしかったのです。
派遣さんの予算がとれている。
週に39時間、その派遣さんが遊んでいても、
M課長が何かを頼みたいその1時間に彼女がいてくれることが、
M課長にとっては価値があったのです。
それ以上は、期待しておらず。
私の仕事はしたくない、と言う態度の彼女に問題があると思っていても、
当の私もそんなに気にしていない様子。
結局、M課長として、問題がない状態なのです。
通常は、
いくら払って、どれだけの仕事をやってもらうか
を管理者は考えるのですが、
Oさんにかかるコストの効率性については
M課長なりに「問題ない」としていたのでしょう。
M課長はオーナー社長ではないでから、
予算については、
誰か上の人の承認の下、使うことを許されていたわけです。
「いつ仕事を頼みたいかわからないから、待機していてほしい」
というM課長の希望に対して、
会社がその予算を「結果として」認めていたということです。
贅沢極まりない話です。
Oさん自身がしゃべっていた彼女の時間給が当時1400円。
派遣会社のマージンを考えると、会社が支払っていたのは、
時給2000円ぐらい。
週40時間、有給も時々あって、
月に約35万円の人件費。
仮に月60本程度の電話の取次だったとすると、
一本あたり約6000円になる計算です。
随分贅沢な取次ですよね。
ただ、そういう計算の仕方ではなく、
月に35万をOさんの「作業の対価」ではなく、
M課長の業務が順調に進むためのコスト、と考えれば、
「問題なし」という判断を会社がしていたと
考えることもできます。
たとえそれが、
M課長の気持ち的納得感を得るためだけのもの、
としても、
M課長と会社が、「是」としているならば、
それは「是」なのです。
しかしながら実際には、
いくらM課長の会社への貢献が大きかったとしても、
Oさんの雇用が単にM課長の気持ちをなぐさめるためだけに維持されていた、
という考え方は標準的ではありません。
もし誰かが、
「M課長のところのOさんは仕事をしていません。コストの無駄です」
と適切な相手に伝えていれば、
M課長はその予算を失っていた可能性が
限りなく高いでしょう。
1年近く仕事を依頼されず放置されていた私が
「暇です」と愚痴ったとき、
「それを言ったらあなた、クビだよ」
と忠告してくれた先輩たちは、
その構図を理解していたのでしょう。
正しいか否か、
ではなく、
それが許容される構図があるのか。
誰が見ていて、誰が見ていないのか。
どのような仕組みが、その状態を維持しているのか。
当時の私には、そういうものの見方はまだありませんでした
次回 : 30代未経験転職。最悪だと思っていた上司、M課長の正体!
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